
映画評論界、そこは世間と隔離された奇妙な価値観が支配する世界である。その価値観を推進する組織を、愛してやまない『アンダーカバー・ブラザー』に登場する悪の組織にちなんで”ザ・マン”と仮に呼ぼう。本部をフランスに置くザ・マンの活動は多岐にわたる。その最たるものはザ・マンお気に入りの監督たちの作品評価を揺るがしかねない傑作を貶したり無視することである。
たとえばスパイク・リーの『25時』。”幼馴染三人の再会””犯罪””背後に横たわる911の喪失感”というテーマがことごとくクリント・イーストウッドの『ミスティック・リバー』と被っていたため、”ザ・マン”構成員がこの傑作を褒めることはまずない。御大の立場が無くなるからだ。先日勃発したリーVSイーストウッドのビーフもそれがきっかけだったんでは?と思ってしまう。
そしてここにまたザ・マンが目の仇にしそうな作品が現れた。ベン・アフレックの初監督作『Gone Baby Gone』である。原作者も『ミスティック・リバー』と同じデニス・レヘインなら、舞台がボストン、テーマが”子ども狙いの犯罪”というところまで被っているのだ。でも出来は『Gone Baby Gone』の方が断然上! 抑えに抑えたトーン。自らの故郷でもあるボストンのサウスサイドの荒れた光景。そこに這いつくばるように生きているホワイトトラッシュたち(安倍晋三も大好きな『ミリオンダラー・ベイビー』のヒラリー・スワンクの母ちゃんなんて甘い甘い!)。そしてあまりに重すぎるラスト。主人公の探偵を演じる、実弟ケイシー・アフレックが得意の受け身キャラを好演しているほか、ミシェル・モナハン、エド・ハリス、そして久々に本気を出したモーガン・フリーマンらメインキャストは皆健闘しているけど、誘拐された女児の母親に扮したエイミー・ライアンがとにかく素晴らしい。彼女がアカデミー助演女優賞本命と言われながらも、写メール撮られてひざまずいただけのティルダ・スウィントンに賞をさらわれたのも、ザ・マンの仕業かもしれない。ベン公ごときに御大より遥かに良い映画を撮られると秩序が乱れることこの上ないだろうから。
それはともかく、俳優として頂点からドン底に落ちた絶望を、結婚して娘を得たことで乗り越えたベン公だから撮れた味わい深い作品である(本作の謝辞のトップには”ジェニファー・アフレック”の名がある)。日本での公開を、そしてザ・マンの妨害活動に邪魔されず正当な評価を受けることを望みたい。
おまけ 『Gone Baby Gone』予告編