”キック・アス”は実在する!

昨今のハリウッドの流行といえば、何と言っても”スーパーヒーローに憧れる一般人”が主人公のコメディだ。2010年には、日本でも大ヒット中の『キック・アス』をはじめ、ウディ・ハレルソンが哀愁の中年ヒーローに扮した『ディフェンドー 闇の仕事人 』が全米で公開。来年春にはレイン・ウイルソンとエレン・ペイジの共演作『Super』が公開される。

だがこれらは映画スタジオの会議室でゼロから生まれたものではない。立派なモデルが存在するのである。そう、”キック・アス”は実在するのだ。嘘だと思うなら、ニューヨークに旅行した際はコロンビア大学のそばを一日中ふらついてみるといい。必ず”奴”に会えるはずだから。彼の名は”ライフ”。素顔はカルキン三兄弟(特にキーラン)似だという26歳の彼は、黒のアイマスクと黒いコスチュームに身を包んで毎晩エリアをパトロールしている。黒いバックパックの中には携帯電話、ポケットナイフ、ミネラルウォーター、缶詰め、ソックスなどが入っている・・・えっ、缶詰めとソックス? それもそのはず、彼の主な任務は行き倒れのホームレスを助けることだからだ。当たり前だが、彼に特殊能力はない(敢えて言えば、ホームレスが行き倒れになっていそうな場所を見つける能力がそれに当るが)。しかも彼は、さほどコミックに関心がなく、コンピュータ・ギークでも元ストリートチルドレンでもないという。
”ライフ”ことチャイム・ラザロスは、ニューヨーク郊外のラビ(ユダヤ教の牧師)の家で7人兄弟の二人目として生まれた。幼い頃から困っている人やホームレスを見ると手助けせずにはいられないチャイムを見て父は考えた。「私の仕事を継がせられるのはコイツしかいない」。成長したチャイムは、大物ラビを輩出してきたユダヤ教大学の名門イェーシバー大に入学した。ところが彼は1年もたたずに勝手に退学してしまった。彼がやりたい事は人助けであって、宗教の教義を学ぶことではなかったからだ。

「もっと世界を知りたい」。彼の興味は映画へと向かっていた。父から学費を打ち切られた彼は、ニューヨーク大やブルックリン・カレッジの夜間部に通いながら、昼間は大手広告代理店J・ウォルター・トンプソンで使いっ走りのバイトをして学費を稼ぐ日々を送るようになった。チャイムの内部で”ライフ”が生まれたのはこの頃だという。「金で全てが決まってしまう虚飾に満ちた世の中を目の当たりにして、困っている人たちを僕が何とかしなくちゃいけないと思ったんだ」

「映画を勉強するならコロンビア大学に入らなきゃダメだよ」との友人の忠告で、チャイムは猛勉強の末、奨学金を得てコロンビア大映画学科に入学。映画史を学びながら、夜は大学付近をパトロールするようになった。コスチュームは全身ブラック・・・ただしマントは無し(動きづらいから)、ネクタイ有りのクラシカルなコスチュームで(警察から事情聴取を受けたとき、心象がいいため)。スーパーヒーロー、”ライフ”の誕生だ!(”チャイム”はヘブライ語で”ライフ”を意味する)そんなチャイムのユニークな活動を知った映画学科のクラスメイト、ベン・ゴールドマンは大興奮した。「チャイム、お前超クールだよ!」そしてある提案を持ちかけた。「お前と同じような事をやっている奴って他にもいるんじゃないかな?」 二人はコミックショップに張り紙を貼った。「スーパーヒーローをやっている人、連絡求む」そしてMySpaceでサーチをかけスーパーヒーローを探しまくった。その結果、二人は驚きの真実を知る。スーパーヒーローは全米に存在したのだ。

川向こうのニュージャージー州の犯罪多発エリア、ニューア−ク市ではアーミールックに身を包んだ”トシアン”が大活躍していた。5歳から近所をパトロールしていたという彼は、悪と戦うために高校は陸軍高校に入学、その後も海兵隊の特殊部隊に入隊してあらゆるマーシャルアーツや犯罪学、外国語を習得したという生まれついてのヒーローだ。

同じニューヨーク市のブルックリンで活動していたのは、深紅のコスチュームに身を包んだ女性スーパーヒーロー”テリフィカ”だ。彼女の任務は、毎晩ブルックリン中のバーを廻って、泥酔している女性を男どもの餌食にならないように自宅まで送り届けることだ。

マサチューセッツ州のベッドフォードではスーパーヒーロー”シヴィトロン”が6歳の息子”マッド・オウル”(リアル・ヒット・ガール!)と共にパトロールを行い、街に異変がないか目を光らせ続けていた。彼らは皆、他にこんな事をやっている人間がいるとは知らず、孤軍奮闘していたのだ。ベンはチャイムに提案した。「スーパーヒーローの情報交換や親睦を行う団体があってもいいんじゃないの?」
こうして2007年、チャイムの呼びかけによって、スーパーヒーローの団体”Super Heroes Anonymous(無名のスーパーヒーローたち”がタイムズスクエアで結成された。本来、個人行動を好む彼らがチャイムの熱意に動かされて一同に集結したのだ。現在、彼らは月イチで会議を行っているほか、道路掃除や集団パトロールを行っている。チャイムとトシアンが共同でワシントン・スクエアからドラッグディーラーを追い払う作戦を成功させるなど、ヒーロー同士のコラボも盛んだ。現在、加盟したスーパーヒーローの数は全米で250人。男女比率は7:3だという。チャイムの父は語る。「たしかに息子のやっている事は立派だよ。でも父親としては奴にきちんとした定職について家族を持ってほしい。その上で余暇で活動するのなら文句は言わんよ。でも25歳を過ぎてあんなことをメインでやるなんてなあ・・・」そんな父の嘆きをよそに、現在チャイムはベンと共に、無名のスーパーヒーローたちの活動を伝えるドキュメンタリー映画を製作中だという。

ライフから皆へのメッセージ
on 12/30/2010 by 長谷川町蔵(はせがわまちぞう) |