ネオコンの聖典『水源』を読んでみた。


アメリカの映画や雑誌に接していると、やたらと出てくるのが『水源』という名の小説である。ロシア系ユダヤ人で、ロシア革命によってアメリカに亡命してハリウッドでシナリオライターとして働いていた女性アイン・ランドが1943年に書いたこの長編小説は、文学を超えたある種の思想書として、ネオコンやリバータリアン、新自由主義者にもてはやされている。一方で『ギルモア・ガールズ』では高校生のヒロインに「『水源』? 11歳のときに読んだよ、面白かった。」と言われたり、『シンプソンズ』では「右翼の負け犬のバイブル」呼ばわりされるなどリベラルな人々の評判は芳しくない。こうした二極化した反応はまあ分かるのだけど、ひとつ不思議な事実があるのだ。『水源』はゲイ・ピープルに大人気なのである。えっ、通常リベラル寄りのゲイ・ピープルが何故好きなの? ・・・というわけで、大いなる謎を探るべく2段組1000ページ超(!)の『水源』を読んでみた。

(以下、ストーリー)
いきなり主人公が全裸で登場。彼=ハワード・ロークは建築の天才だが、伝統と宗教が大嫌いなスーパーモダニズム男。教会建築の課題に倉庫のような図面を提出して大学を退学になってしまう(←なぜ単位を落とすだけでなく、退学になってしまうかは謎)。ロークは唯一人尊敬する建築家ヘンリー・キャメロンに弟子入りする。キャメロンはかつてモダニズム建築の旗手だったものの、伝統建築のリバイバルに押されて屈辱の日々を送っていたが、ロークに未来を託すべく全てを叩き込んでから死亡する。一方、ハワードの下宿先の息子で彼に課題を代行してもらっていた凡才ピーター・キーティングは、有名建築家ガイ・フランコンの事務所に入社。フランコンはキャメロンの弟子で才能はそこそこあったのだが、伝統建築リバイバルに魂を売って現在の地位を築いた男だった。

独り立ちしたロークは、自分の事務所を開業してスーパーモダンなガソリンスタンドなどを設計。しかし行き詰まってキーティングの紹介でフランコン事務所に入社するもフランコンと衝突してクビに。一方キーティングはロークに図面を手伝ってもらったコンペで最優秀賞を勝ちとり、一躍若きスター建築家に登り詰める。そんな彼にガールフレンド、キャサリンの伯父で大手新聞ワイナンド新聞の建築コラム担当者(←そんな役職があるのか?)エルスワース・トゥ–イーが接近する。高名な福祉事業家(←アイン・ランドは福祉という概念が理解出来ないので怪しげなものとして書いてしまうのだ)としても知られる彼は、キーティングを若手芸術家の会に誘う。そこに集う人々はキーティングの理解を超えていたが、全員がトゥーイーがプッシュするアーティストだったので彼は大喜びする。

その一方でロークは石切場で肉体労働する身となっていた。実はそこはフランコン系列の石切場だった(←何で設計事務所がそんな施設を持っている?)。そんなところにバカンス中のフランコンの娘ドミニクが通りかかる。おそろしく美人で頭の切れる彼女は、全ての男を軽蔑していたので25歳で処女。ワイナンド新聞の建築コラム担当者(←何で二人もいるのか?)をしながら暇を潰していた。そんなドミニクは、ロークのマッスルボディを見て生まれて初めて性的欲望を抱いてしまう。思いつきでマントルピースを壊してロークに修理を命じる彼女。だがロークは修理方法を指示するだけで別の職人に作業をさせてドミニクと関わろうとしなかった。

プライドを傷つけられたドミニクは、馬上から鞭でロークを叩いてしまう。「あたしは何をしたの?」パニクってその場から逃げ出すドミニク。その夜、ロークがドミニクの部屋に押し入ってきていきなりレイプ! 彼女は彼の腕に抱かれながらこう思うのだった。「これを待っていたのよ〜!」

翌朝、ロークは姿を消した。彼の作品を見た財界人から設計のオファーが寄せられたのだった。この仕事をきっかけに彼の名は建築界で知られるようになっていった。ロークの正体を知ったドミニクは愛を再確認する(←レイプ犯に対して)とともに決心する。「彼のような才能溢れる素晴らしい人物は、きっと業界で傷つけられることだろう。あたしも彼と同じくらいの苦しみを体験しなくては・・・。あたしの最大の苦しみは彼が苦しむことだから、あたしが彼を苦しませればいいのよ!」 こうしてドミニクはコラムでロークの作品を酷評し、コンペで落ちるように働きかけるようになった。そしてロークが落ち込んでいるだろう夜にやってきては、自分を激しく抱くように求めるのだった。そんな事実を知らないトゥーイーもロークの作品をバッシング。代わりにキーティングを褒め讃えるのだった。キーティングは「俺よりあいつの方が明らかに才能があるのに不思議だな」と思いながら喜ぶばかりだった。

やがてドミニクは、ワイナンド新聞のイケメン社長ゲイル・ワイナンドの目に留り、結婚を申し込まれる。ドミニクは下劣な大衆新聞の社長と自分が結婚することが、ロークに大きな苦しみを与えると考えて結婚を承諾する。だがゲイルはドミニクの考える人物とは正反対の男だった。生まれこそ貧しい彼だが、ビジネス界で大成功を収めたことに象徴されるように、何が優れた才能かを見破る力を持っていたのだ(←アイン・ランドは基本的に成金の成功者のことを悪く描かない)。ワイナンド新聞の内容が下衆なのは、大衆がそうだからにすぎなかったのだ(←酷い大衆差別)。ドミニクとの件を知らない彼は、ロークの作品集を見て大興奮する。「奴こそが俺が夢に描いていた建築を作ってくれる才能だ!」ゲイルに自宅に招かれたロークもそんな彼と意気投合。一緒にヨットでクルーズの旅に出る大親友になってしまう。複雑な感情を抱くドミニク。

そんなある日、青い顔をしたキーティングがロークに会いに来た。「化けの皮がはげてきて僕は落ち目だ。いま貧しい人向けの公団住宅のコンペをやっているんだけど、これを取れなかったらもう終わりだ。同業者に疎まれて、公的なコンペに参加出来ないロークは、公団住宅という形式に疑問を抱きながら(←アイン・ランドは貧しい人は努力が足りないのだから、そんな奴らに対して政府が施しを与えるのは悪行との認識を持っている)、これまで研究してきた低コスト建築のノウハウを試す機会と考え、条件つきでキーティングの代わりにコンペ用の設計を行うことを了承する。その条件とは「自分の名前を伏せること」「コンペに勝った場合、設計図は絶対いじらずに完成させる」ことだった。天才なので当然コンペに勝利するローク。しかしキーティングの元にはトゥーイーの取り巻きの建築家やアーティストがやってきて、元の計画にゴタゴタと装飾を施して建物は全く異なったデザインに仕上がってしまう。建物は着工〜建築に移され、それはロークの知るところとなった。

ロークは決意する。「これは世の中にあってはならない建物だ!」彼は建築現場に侵入して建物を爆破してしまうのだった。逮捕されるローク。その行動を知ったワイナンドは彼を全面支援することを決意。新聞の社説で連日ローク擁護を訴えるのだった(←何で大新聞がひとつの事件について毎日社説を割くんだろう? そして公共物破壊はどうやっても擁護なんてできない) 。案の定、新聞の部数は急降下。正反対の意見をコラムに書いたトゥーイーをクビにする。これに対してトゥイーイーは怠け者の集団である労働組合(←アイン・ランドはそのようにしか捉えていない)を焚き付けて、社員たちはストライキに突入。ワイナンド新聞は廃刊の危機に瀕するのだった。

トゥイーイーのもとに慌ててキーティングがやって来た。「あれは僕じゃなくてロークの作品なんです。」「そんな事はもともと分かっていたよ。」「じゃあ何であいつじゃなくて僕をプッシュしたんですか?」「私はねえ、才能を見抜く力はあるんだが、その才能というものが嫌いなんだ。天才とは、才能がない人間に敗北感を与える悪い存在だ。それに対して私は対抗策を考えた。それが才能がない人間を社会に蔓延させることで、才能というものを相対化してしまうことなのだよ! そしてその評価は私が決める。つまり私が世界の王になるのだ!」なんと、トゥーイーは、『エンタの神様』のプロデューサー的な考えを持った大悪人だったのだ(←資本家ではなく、評論家が最大の悪人というのがアイン・ランドの世界観なのだ)。

やがて裁判が始まった。弁護士をつけずにロークは法定で大演説を行う。「すべての人間にには自分の力を最大限に発揮する無制限の自由と権利がある。私はそれをやったまでです!」感動した陪審員が下した決定は無罪だった(←何で? 政府の金を使って作ったものを破壊したんだよ!) 公団住宅は、ローク信奉者の財界人が買い取り設計図通り、普通の賃貸住宅として再建されることになった。(←アイン・ランド的には、頑張って働いていないから貧乏な奴らが、優先的に良い住宅に入れるという制度は許し難いものなのである)
ワイナンドに、ロークとの過去を、そして今も彼を愛していることを告白するドミニク。ワイナンドは自らの引退と、生まれ故郷ヘルズ・キッチンの再開発の設計をロークに任せることを伝えて去っていくのだった。その数年後、ヘルズ・キッチンで完成直前のスーパータワーの頂上には喜びに満ちたロークとその妻ドミニクの姿があったのだった。(完)

・・・何だよ、この支離滅裂なストーリーは!!  でも何でゲイ・ピープルが大好きかはわかった。ドミニクの屈折しまくった感情とか、ロークとワイナンドの濃すぎる友情とか滅茶苦茶ゲイ好み。ただしこんな単なる喪女の妄想バナが、ネオコンやリバータリアン、新自由主義者にはガチで素晴らしい話と受け取られていることにはゾッとさせられる。そして残念なのはネット界すらも『水源』の影響下にあるということだ。 というのも、現在のネット界の言論をある意味決定づけた雑誌「ワイアード」の発行人R・U・シリアスはアイン・ランドの熱狂的な信奉者だからだ。日本のネット業界の人たちの宗教、歴史、伝統といったものへの無理解や、弱者への非寛容ぶりもアイン・ランドの遠い親戚にあたるのかもしれない。
なお『水源』は、ランド自身の脚本で映画化されている(邦題は『摩天楼』)。主演はゲイリー・クーパーだが、ドミニク役に抜擢されたパトリシア・ニールを妊娠させるというスキャンダルを起こし、何故かニールの方が映画界から一時追放されるという事態に。その後、彼女は作家のロアルド・ダールと結婚したが、今年8月に亡くなっている。

『摩天楼』予告編
on 12/30/2010 by 長谷川町蔵(はせがわまちぞう) |