シネマ酒オン・ザ・ロック「ハングリー・ハート」


 謎の伝染病によって、人類が次々とゾンビ化し始めた近未来。廃墟で仲間と暮らすゾンビの”R”(彼は生前の記憶が殆ど無く、名前の頭文字しか覚えていないのだ)は単調な日々を送っていた。そんなある日、人間を狩りに出た先で彼はキュートな人間女子ジュリーと出会う。かつてない感情を覚えたRは、ひとり逃げ後れた彼女を食べないどころか匿って、仲間から守りきろうとする‥‥。

 アイザック・マリオンのヒット小説『ウォーム・ボディーズ ゾンビRの物語』『50/50 フィフティ・フィフティ』の監督ジョナサン・レヴィンが映画化した『ウォーム・ボディーズ』はおそらく映画史上、最も奇妙なゾンビ・ムービーだろう。コメディ仕立てのゾンビ・ムービーというだけなら、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ゾンビ・ランド』だってある。

 でも本作の変化球ぶりは群を抜いている。何しろ主人公は人間ではなく、悪役のはずのゾンビの方。しかも彼は人間の女子に恋してしまう。つまり本作は”ゾンビ・ミーツ・ガール”なロマンティック・ゾンビ・ラブコメなのである。もしこの映画を観たあとにブラッド・ピットがゾンビを駆逐しまくる『ワールドウォーZ』を観たなら、「ゾンビの人権を無視している!」と思うはず。そして映画は「ゾンビは人間の脳を食べると、食べた相手の記憶を追体験出来る」という本作オリジナルの設定と、ラブストーリーの古典中の古典『ロミオとジュリエット』へのオマージュを交えながら描かれていく。これをヘンと言わずに何と言おう?

 ただし、ゾンビ・ムービーの創始者であるジョージ・A・ロメロが、一貫してゾンビという存在を現実世界の合わせ鏡として描いていたことを考えると、超王道作なのかもしれない。なぜなら本作は、「コミュ障の男子がリア充の美少女のハートをゲットするにはどうすれば良いか」を説いた映画として観れるからだ。ジョナサン・レヴィンも明らかにそういう解釈を意識しながら映画を撮っている。

冒頭、廃墟に閉じこもり、人間を喰べるという目的だけで結びついたゾンビ仲間と暮らす主人公は、まるで“ヲタモダチ”に囲まれたオタクのようだ。だがそんなRは、圧倒的な他者であるジュリーと関わることによって徐々に人間らしくなっていく「恋をするんだ、若者よ。さもなければお前は死人と同じだ」本作にはそんなメッセージが込められているのだ。

 Rを演じているのは『シングルマン』や『ジャックと天空の巨人』のイケメン、ニコラス・ホルトなので、単にゾンビメイクから本来の姿に戻っていっているだけなのだけど、それでも『アイ・アム・ナンバー4』のテリーサ・パーマー扮するジュリーと徐々にイイ感じになっていく様子はぐっと来る。

 そんな二人の距離が一気に縮まるきっかけを作るのが、オールドロックのアナログ・レコードだ。実はRはオールドロックに詳しい。人間時代の記憶をほとんど失いながらも「より人間らしい音がするから」という理由で、CDではなくアナログ・レコードを集めて密かに愛聴していたからだ。ゾンビなのでモゴモゴとしか喋れないRは、言葉でなくロックナンバーの歌詞を使って自分の想いを伝えようとする。

 「誰もが満たされない想いを抱えている/誰もが落ち着ける場所を求めている/誰もが家を求めている/誰が何と言おうと同じだぜ/孤独が好きな奴なんているわけがないのさ/そうさ、誰もが満たされない想いを抱えている」

 ボロボロのステレオから、ブルース・スプリングスティーン80年のヒット・シングル「ハングリー・ハート」が流れだす。その瞬間、ジュリーはRに好意を抱いている自分に気づくのだ。

『ウォーム・ボディーズ』予告編



Bruce Springsteen-Hungry Heart