シネマ酒オン・ザ・ロック「Yep Roc Heresay」


 1947年のニューヨーク。作家を志しながら仲間とグダグダしていたサル・パラダイスは、西部生まれのディーン・モリアティと出会う。自由奔放な彼に刺激を受けたサルは放浪への旅に出た。ディーンと彼の恋人メリー・ルーとのサンフランシスコへの3人旅、そしてメキシコ旅行。トラブルメーカーのディーンに振り回されながら、サルが旅路の果てに見たものとは……。

  ジャック・ケルアックが、親友ニール・キャサディとの想い出をベースに書いた『オン・ザ・ロード』は、ビート・ジェネレーションを代表するだけでなく、その後のカウンター・カウンチャー全体に影響を与えた小説だ。そのため映画化は困難を極めた。二十年以上も前に映画化権を獲得したフランシス・フォード・コッポラは、長年取り組みながらも遂に自分で監督することを放棄した。彼は、膨大な人数の監督オーディションを行った末、チェ・ゲバラの青春時代を描いたロード・ムービー『モーターサイクル・大アリー』の監督&脚本家コンビであるウォルター・サレスとホセ・リベーラに委ねることを決断し、サム・ライリーとギャレッド・ヘドランドがそれぞれサルとディーンを演じることになったのだった。

  サレスはブラジル出身であるが故に余計に映画化にあたっては、『オン・ザ・ロード』が書かれた時代の風俗を忠実に描くことに細心の注意を払っている。例えばファッション面。登場人物の誰もベレー帽を被ってアコヒゲを生やしてはいない。あれは後世のマスコミが作った虚像だからだ。また彼らはジーンズではなくもっぱら綿パンを穿いている。40年代の時点ではブルージーンズはあくまで作業着だったからだ。

 一方、音楽面の描写は、現代から見ての伝わりやすさも考慮しているようだ。原作ではジョージ・シアリングが二度も登場してディーンからは「シアリング神」とまで讃えられる。でも今の我々が聴くとシアリングはどんなにハードに演奏していても和み系ラウンジ・ミュージックにしか聴こえないのだ。

ジョージ・シアリング「9月の雨」



 このためサレスは、代わりにケルアック達が信奉していたチャーリー・パーカーらしきサックス奏者(演じているのはテレンス・ハワード)が登場するオリジナルのシーンをもうけている。

 Dizzy Gillespie & Charlie Parker - Salt Peanuts

 但しそのサレスも流石にスリム・ゲイラードの登場シーンは無くせなかったようだ。スリムはシリアスなジャズ・ミュージシャンではなく、ヴォーカル、ピアノ、ギター何でもこなすエンターティナーだったため、現在のジャズ史ではいなかったことにされがちな男である。だが造語だらけのナンセンスな歌詞やコミカルなアクション、そしてクールな佇まいは、当時のビートニク達から圧倒期な支持を受けていた。

 Slim GAILLARD & His Trio - Dunkin' Bagel

 映画でもサンフランシスコのジャズクラブでスリムが歌う「Yep Roc Heresay」に合わせてディーンとサルが興奮マックス状態で浮かれ騒いでいるシーンが描かれる。このシーンを削ることは困難だ。何故なら二人の資質の違いが鮮明になるシーンだからだ。ディーンがスリムの音楽と一体化しているのに対し、サルは興奮しながらも、その興奮を何か意味のあるものに置き換えようとするのだ。サルは当事者でありながら傍観者でもある。

  そんなサルの姿勢を強調しているのが、原作にはないある描写だ。サルは常に小さな手帳に鉛筆で見聞きしたものを書きとめているのだ。原作は長い間、1951年にタイプライターによってたった3週間で書かれたとされていた。しかし後年の研究で、実は膨大な手書きのメモが存在していたことや推敲が重ねられたことが明らかになっている。その後のアメリカ社会を変えた小説は3週間ではなく10年間の試行錯誤の末に生み出されたのだ。

  そんな新事実をフィードバックして作られた映画版は、ケルアックがいかにして原作を書くに至ったのかを描いたメイキング・オブ・『オン・ザ・ロード』といった趣きもある。たしかに一瞬の奇跡は、生を謳歌したディーン=ニールの側にあったのかもしれない。でも後世に永遠に残る文学は、その奇跡を傍らで黙々と書き留めていたサル=ケルアックの側にあったのだ。


『オン・ザ・ロード』劇場予告編



Slim Gaillard - Yep Roc Heresay