Don't stop believing


 フィリピンの首都マニラ。アーネル・ピネダは41歳を迎えていた。13歳のときに母に死なれ、孤児となった彼は公園で寝泊まりしながら、スクラップやビンを集めてその日暮らしをしていた。やがて彼はそこで知り合った友人と歌い始め、ナイトクラブで演奏するように。トップ40のヒット曲をかたっぱしからカバーして歌いまくった。お気に入りはレッド・ツェッペリンやディープ・パープル、そしてジャーニー。一時期は香港でも演奏するなど仕事は順風満帆だったが、そこで覚えたドラッグによって喉を痛めて27歳で一旦引退状態に陥ってしまう。しかし歌をあきらめきれない彼は、マニラでバンド「ズー」を結成、地道に歌い続けていた。「俺はもう若くない。でも歌えるうちは歌い続けよう。」

 一方、ロサンゼルス。ジャーニーのギタリスト、ニール・ショーンは追いつめられていた。懐メロツアーのオファーを受けたのはいいが、黄金期のヴォーカル、スティーブ・ペリーが誘いに対して首を縦に振らなかったのだ。だが過去、スティーブの代わりに起用してきたヴォーカリストたちはファンから酷評を浴びていた。こうなったら新しいヴォーカリストを探すしかない・・・。藁をもすがる気持ちでYouTubeで自分たちのヒット曲を入力、アマチュアバンドのヴォーカルを物色するニール。しかし誰もがスティーブの髪型と表面的なスタイルを真似した奴らばかりだった。「スティーブのすごかったところは、サム・クックの影響を受けたソウルフルさにあったんだがな・・・」ため息をつくニール。しかし彼は次の瞬間、とんでもないものを発見した。画面に映るのはアジア系の小男。だが彼はソウルフルそのもののアティテュードでジャーニーの曲に向かい合っていたのだ。
 ショーンは一旦バイクに乗って周囲を走り回ってくると(ロックスターの彼は落ち着きたいときはバイクを飛ばすのだ)もう1回、いや何度もビデオを見た、見続けた。そしておもむろにキーボードのジョナサン・ケインに電話をすると受話器に向かって叫んだ。「おい、新しいヴォーカリストが見つかったぜ!」

 アーネルはジャーニーの全米ツアーに参加することになった。ナイトクラブの何百倍もの座席数を占めるのは、「ジャーニーのヴォーカルはスティーブだけ」と考える口うるさいオールド・ファンたち。しかし彼らはアーネルのヴォーカルを聴いた途端に驚きの声をあげた。「スゲえ!」「俺たちのジャーニーが帰ってきた・・・いや、それ以上だぜ!」 ツアーは興奮の渦に巻き込まれた。そしてそれはニールやジョナサンも同じだった。彼らは当初このツアーさえ乗り切ればいいと考えていた、しかしステージ上のアーネルを前にして、忘れかけた感情が自分たちの中にも蘇ってきていることを感じていた、そうロックスピリットだ! 「アーネルとニューアルバムを製作しよう!」
 こうして作られた、新曲集+アーネルの歌による旧曲リメイク集+ライブDVDの三枚組アルバム「Revelation」はビルボード初登場第5位を記録する大ヒット。ジャーニーとアーネルは今日も全米のどこかで人々をロックさせている・・・嘘のようだが本当の話である。

 おまけ Journey with Arnel Pineda  「Don't stop believing」