プレッピーガールの憂鬱  


  黒人大統領が君臨する現在のアメリカにおいても、実質的な国の支配層は依然WASPである。WASPとはWhite Anglo-Saxons Protestant(白人で英国系でプロテスタント)のこと。中でも東部十三州に先祖代々暮らすWASPは生粋のエリート階級である。そんな彼らの子弟が通うのが、19世紀に設立され、授業料が年間300万円を優に超えるという名門私立高校「プレップスクール」だ。海外ドラマ好きなら、ニューヨークを舞台にブランド物で身を固めた高校生たちが愛と欲望の華を咲かす 『ゴシップガール』を思い出すかもしれない。でもあれは中産階級が夢見る偽りのエリート階級像。真のエリートは騒がしいニューヨークなどではなく、緑に包まれたマサチューセッツやコネチカットで我々の理解を超えた価値観に従って生きているのだ。
  数年前、マサチューセッツの名門プレップスクール「ミルトン・アカデミー」で事件が起きた。十五歳の少女が学内で五人の男子生徒にフェラチオを強要されていたのが見つかったのだ。男子生徒は当然退学。だが事件の真相を追ったルポ本「レストレス・ヴァージンズ」の著者に、犯人の同級生たちは異口同音にこう答えた。「アイツらバカだよ。寮や自分の家だったら大丈夫だったのに!」
 プレップスクールは完全な男尊女卑社会だ。男子生徒が将来を約束されたエリートなのに対して、女子生徒は「エリート男子の将来の奥さん候補」でしかない。かくして学内は人気者の女子になるためにイケてる男子のチンポを何本もしゃぶらないといけないという異常な状況に陥っていたのだ。
  エリート階級には、そんな風潮を嫌って娘を女子校に通わせる者も多い。かつての女子校は単なる花嫁養成学校だったが、60年代に改革が行われ(キルスティン・ダンスト主演の学園コメディ『ガールズ・ルール! 100%おんなのこ主義』はこの時代の女子校を描いた作品だ)進学校に生まれ変わったからだ。コネチカットのミスポーターズスクールもその一つ。しかしここにも奇妙な伝統が存在する。生徒は入学すると上級生とペアを組み、姉妹の契りを交わされる。それから1年間、二人はいつも一緒。下級生は上級生の命令に従い、頭の上に本を載せて手には白い手袋をはめた姿で学内を歩き、雨の日には校庭で校歌を歌い続け、上級生の朝食を毎朝作る。上級生が尋ねるたび下級生はドイツ語(!)でこう答えるという。「お姉さまを愛しています!」。
 「まるで『マリア様がみてる』みたい!」とウットリしてはいけない。仮に日本人が入学したところで陰湿なイジメに遭うだけだから。というのも、こうした学内の秘密を外部に暴露した女子こそがイジメの犠牲者だからだ。テイタム・バスは、サウスカロライナ州の中流階級の出身だったが奨学金でミス・ポーターズ・スクールに入学した。学内で大活躍した彼女は、最終学年のときに生徒会長に就任。生徒会長の最大の仕事、それはプロム(卒業ダンスパーティ)の企画立案である。斬新さを求める彼女はこんな提案をした。「プロムを近くの男子校と合同で開くのはどうかしら?」途端に学内の雰囲気は一変した。先祖代々が卒業生というエリート階級で構成された学内秘密結社「オープリチニキー」が伝統をよそ者から守るために動き始めたのだ。それ以来、彼女が校内を歩くたびにどこからともなく「知恵おくれ!」と掛け声が飛び、寮室のベッドには「FOR RENT」の看板が立てかけられ、スクールダンスの日に全校生徒の前で「くそくらえ」と罵倒された。テイタムの神経は完全に参ってしまったが、犯人を見た証言が全く出なかったため、学校は取り合おうとしなかった。追いつめられたテイタムは欠席を繰り返すようになり、遂にはテストでカンニングしたのが見つかって退学になった。その後、彼女は地元の高校に転校し、いくつかのカレッジから入学許可をもらったものの、本来なら楽勝だったアイビーリーグの推薦状は獲得出来なかった。テイタムの両親はミス・ポーターズ・スクールを告発し、裁判の席で訴えた。「娘の人生はオープリチニキーに破壊されたのよ!」対してミス・ポーターズ・スクールの女校長はこう答えるだけだった。「たしかにそのような名の秘密結社が過去に存在したとの話は聞いています。でもそれは現在、存在していません。」
  ミスポーターズスクールの卒業生は多くが名門大へ進学する。しかしエリート階級の娘が卒業後にどこかに就職するわけもなく、多くは親の資産で慈善パーティを開催して過ごす所謂「ソーシャライツ」になる。響きは良いけど、要は「家事手伝い」だ。結局、彼女たちは「エリート男子の将来の奥さん候補」でしかないのだ。ミス・ポーターズ・スクールで最も有名な卒業生はジャクリーン・ケネディである。残された成績表によると、彼女は学業もスポーツも社交マナーも完璧にこなしたそうだ。卒業アルバムの寄せ書きに彼女はこう書き残しているという。
 「専業主婦になんて絶対ならない。」